発酵と、まだ飲めない福島の酒を待つ時間

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

日本酒を買うとき、私はだいたいラベルを見て決めています。
季節限定と書いてあると弱いですし、瓶の色が好きだから、という理由で選ぶこともあります。味の説明はあとから読みます。

先日、福島県が新しい日本酒用の酵母を開発しているという記事を読みました。
実用化は2029年度の予定だそうです。つまり、まだどこにも売っていない酒の話です。

酵母の名前は、ラベルに書いていない

福島県が独自の日本酒用酵母を開発するのは、17年ぶりなのだそうです。
酵母は、米と水を酒に変える役をしています。香りや味わいにも関わると書かれていました。

ラベルには蔵の名前も米の品種も書いてあります。でも酵母の話が書いてあることは、あまりありません。
飲んでいるときも、たぶん私は気づいていません。それでも味の方向は、そこで決まっている。
知ってから飲むと、同じ酒でも少し違って感じそうな気がします。

2029年に飲む酒を、いま仕込んでいる

2029年度というと、あと三年ほどあります。
今は香りの出方や酸味の具合を見ながら、試している段階なのだと思います。

私は買ってその日に飲んでしまうことが多いので、三年先に向けて仕込む仕事があると聞くと、少し手が止まります。
発酵は、同じようにやれば同じ味になるものでもないそうです。温度や水、米、その年の具合で変わっていく。
そのぶれも込みで、飲めるところまで持っていくということなのでしょう。

その土地の水や蔵を、あとから調べたくなる

記事には、福島県産の酒米と、県が開発した酵母でつくる酒を目指している、とも書かれていました。
産地を売りにするというより、その土地でやってきたことを一本にまとめ直す作業なのだと思います。

私は、知らない土地の名前が入ったお酒や発酵食品を見つけると、つい手に取ってしまいます。
そして飲んだあとで、その町の水はどうなのかとか、蔵はいつからあるのかとか、調べはじめます。順番としては逆かもしれませんが、この順番が好きです。

おわりに

福島の新しい酵母を使った酒は、まだ店頭に並んでいません。
並んでいないぶん、どんな味になるのかを勝手に想像できます。

三年後、酒屋でその名前を見かけたら、たぶん買うと思います。
そのときは、ラベルを見る前に、この記事のことを思い出す気がします。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

発酵食品のおすそ分けが、味より先に人の記憶に残る理由

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

贈りものというと、値段や見栄え、失礼にならないかどうか。まずそのあたりから考え始めてしまいます。
私も長いこと、そうやって選んでいました。

けれど、自分がもらった側で覚えているものを思い返すと、値段のことはまったく出てきません。
残っているのは、その人が普段から使っているものばかりでした。

説明より先に、味が届く

何年か前に、知人から味噌をひとつもらいました。

産地も蔵の名前も、そのときは聞いていません。袋を開けて、いつもどおり味噌汁にしただけです。

それで、香りが違うことに気づきました。
慌てて袋の裏を見て、そこから調べ始めました。

順番が逆ですよね。
知ってから食べたのではなく、食べてしまってから知りたくなった。
発酵食品は、こういう入り方をすることが多い気がしています。

もらったものほど、覚えている

自分で買ったものは、いつ買ったかも覚えていません。
もらったものは、なぜか覚えています。

実家から送られてきた漬物。
出張のついでに買ってきてもらったひしお
土地の名前は忘れてしまった、酒粕。

味の記憶というより、その日の記憶に近いのだと思います。

発酵食品は日持ちするので、受け取ってから食べきるまでに、けっこうな時間があります。
冷蔵庫を開けるたびに目に入って、そのたびに一瞬だけ、渡してくれた人のことを思い出す。
この間があることも、なかなかいいなと思います。

渡すときに、ひとこと添える

私自身、人に何かを渡すときは、長い説明をしないようにしています。

産地や作り方を並べ始めると、受け取る側が少し身構えてしまう気がするからです。
渡されたほうは、覚えなければいけないような気持ちになる。

そのかわり、ひとことだけ添えます。
朝の味噌汁に使うと合いますよ、とか。うちでは、これを切らさないようにしています、とか。

自分が使っているものだと、言葉が短くて済みます。
逆に、背伸びして選んだものほど、説明が長くなる。
何度かやってしまったので、たぶんそうなのだと思います。

おわりに

贈りものは、渡した時点で終わりではないのだと思います。

台所に置かれて、何度か使われて、そのうち「これ、どこのだったかな」と調べてもらえる。
そこまで含めて、贈りものなのかもしれません。

発酵食品は、そういう残り方をしやすい気がしています。
毎日少しずつ減って、なくなる頃には、なぜか土地の名前だけ覚えている。

自分で買ったものは忘れても、もらったものは、なぜか覚えています。
だから次に誰かへ渡すときも、自分が使っているものから選ぼうと思います。
今はそう考えています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

味噌や柿酢の発酵は、効能より先に、時間をかけてできた味わい

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

8月はまだ暑いのに、届く食の話は少しずつ秋へ向かっています。
体は夏のまま。献立だけが、ひと足先に季節を進めていく。
このずれが、私はけっこう好きです。

先日、軽井沢で始まる秋限定ディナーの発表を読んで、使われている発酵食品をひとつずつ確認していました。
味噌、柿酢かきず、黒にんにく、ヨーグルト、発酵バター。数が多いことより、どれも時間をかけてできたものだというのが、私は面白いなと思いました。

急がないと、できない味

味噌も、柿酢も、黒にんにくも。
どれも、仕込んでからすぐには食べられません。

朝、味噌汁を作るとき、出汁だしを取る時間すら惜しく感じる日があります。
そのくらい、私も急ぎたくなることがよくあります。

味噌は仕込んでから食べられるまで、数ヶ月から一年以上かかります。柿酢も、柿がゆっくり時間をかけて酢になったものです。
だからこそ、こちらが急いでも、味のほうは早くなりません。
そういうものが暮らしの中にあることを、私は悪くないなと思っています。

逸品と暮らす、日々の食卓

味噌と柿酢。黒にんにくに、ヨーグルトと発酵バター。
同じ発酵でも、味も香りも質感はまったく違います。黒にんにくは熟成に一ヶ月ほどかかると聞いたことがあります。
和の調味料として馴染みのあるものもあれば、洋の料理に自然に入るものもある。
それぞれ、誰かが手をかけて、時間をかけて作ってきたものです。

棚から味噌を取り出すとき、何ヶ月寝かせたものかが書いてあると、つい読んでしまいます。
今回の発表を読んで、それが「誰かがずっと作り続けてきた逸品」だということを、あらためて意識しました。待たないと、この味にはならない。

整えるのは、効能より時間

発酵食品というと、体に良いという話が先に立ちがちです。

私は、効能よりも先に、時間の話として見ています。買ったものであっても、その裏には仕込んでから何ヶ月も待った時間があったはずです。うまく言えないのですが、その時間を想像すること自体が好きなんだと思います。待たないと、この味にはならない。

忙しい日ほど、待つ時間を削りたくなります。それでも、発酵はかけた時間の分だけ、味が深くなっていきます。今はそう思っています。

おわりに

今回の発表を読んで、発酵の見方が少し変わりました。
待たないと、この味にはならない。
味噌や柿酢を手に取るとき、味だけでなく、それができるまでの時間にも目を向けるようになりました。

まだ暑い8月に、秋の献立が先に届く。
その少し早い知らせを、今年は発酵にかかった時間から眺めてみたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

発酵でつながる、信州の秋と土地の味

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

8月はまだ暑いのに、届く食の話は少しずつ秋へ向かっています。
体は夏のまま。献立だけが、ひと足先に季節を進めていく。
このずれが、私はけっこう好きです。

先日、軽井沢で始まる秋限定ディナーの発表を読んで、使われている発酵食品をひとつずつ確認していました。
味噌、柿酢、黒にんにく、ヨーグルト、発酵バター。
数が多いことより、信州の秋の食材の間に、それぞれが違う顔で置かれているのがいいな、と思いました。

暑さの先にある、秋の食卓

このコースが提供されるのは、9月1日から11月30日までです。
秋が深まる前から始まり、冬の手前まで続く。ひと口に秋といっても、その間に食材の表情は少しずつ変わっていくのでしょう。

季節を感じるものというと、栗やきのこなど、一つの食材に目が向きがちです。
けれど、食卓の季節はもう少し曖昧です。
酸味の丸み。
香りの深さ。
そうした変化に、ようやく秋を感じることもあります。

暦より先に、味が動く。
献立には、そんな季節の知らせ方もあるのだと思います。

発酵がつなぐ、土地の味

味噌と柿酢。黒にんにくに、ヨーグルトと発酵バター。
同じ発酵でも、味も香りも質感も違います。和の調味料として馴染みのあるものもあれば、洋の料理に自然に入るものもある。
共通点を探すより、違うまま同じ献立に収まっていることのほうが面白く感じました。

私自身、記事のメニューを追いながら、発酵が前に出すぎていないところが頭に残りました。
自宅で味噌や柿酢を使うときも、それだけを主役にすることはあまりありません。
土地の食材を押しのけるのではなく、その間を整える。
発酵は、味を足すより、間をつなぐ。そう感じました。

一皿に重なる、時間の違い

旬の食材には、その時期にしか出会えない短さがあります。
一方で発酵には、変化を待つ時間が含まれています。長さはそれぞれ違っても、すぐにはできない味です。

採れたばかりのものと、時間をかけて変わったもの。
同じ一皿に置かれると、秋の今だけでなく、そこへ来るまでの時間まで重なって見えます。なんというか、料理の中に小さな暦があるようです。

土地の味は、名産品を一つ置けば生まれるものではないのかもしれません。
その土地で育ったものと、待ちながら受け継がれてきた味が出会う。そこに、信州らしさが出るのだと思います。
発酵は、そのあいだに置かれている。今はそう思っています。

おわりに

今回の記事を読んで、発酵の見方が少し変わりました。
発酵は、味を足すより、間をつなぐ。
味噌だけを見るのではなく、何と並んでいるかを見る。柿酢の酸味そのものより、どの秋の食材に添えられているかを想像する。
そうすると、発酵の見え方も少し変わります。

まだ暑い8月に、秋の献立が先に届く。
その少し早い知らせを、今年は発酵の並びから眺めてみたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

発酵とだしで、忙しい日の食事を整える

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

時短の食事というと、なにもせず、早く食べられるものという印象が強いかもしれません。
ですが、私自身、忙しい日ほど、食材くらいは自分で選びたいと思います。
魚にするか、豆腐と肉にするか。冷蔵庫には何が残っているか。そこだけは自分で決める。
そのくらいが、ちょうどいい気がします。

先日、久世福商店のレンジ調理専用パウチ発売の発表を読んでいたら、その作り方で手が止まりました。
さば味噌煮と肉豆腐の2種類で、だしと発酵調味料はっこうちょうみりょうを使った専用パウチに、自分で選んだ食材を入れてレンジで調理します。
火も鍋も使わない。完成した食事を開けるのではなく、最初の食材は自分で選ぶ。
この組み合わせが、いいなと思いました。

手間を減らしても、選ぶことは残る

忙しい日は、献立を考え、鍋を出し、後片付けまで想像したところで、もう面倒になることがあります。
手順が少ないのは、やはり助かります。

けれど実際には、手間を全部なくしたいわけではありません。
食材を選び、必要なら切って、パウチに入れる。これなら、今日の気分や冷蔵庫の中身も無駄になりません。
料理と呼ぶには短い時間かもしれませんが、それで十分な日もあります。

選択肢を増やすより、迷うところを減らす。
これなら、何も考えたくない日にも使いやすそうです。

発酵調味料は、最後に味を整える

記事には、さば味噌煮のたれにこうじ由来の甘みとコクがある味噌を、肉豆腐のたれに木桶仕込み醤油を使うとありました。
味噌や醤油は、特別な料理のための調味料というより、普段の食事の味を整えるものだと思っています。

私自身、手早く食べたい日は、味をいくつも重ねないようにしています。
味噌か醤油か。そこにだしが合わさると、味の方向が見えやすくなります。
味が決まらないときに、戻る場所がある。味噌や醤油は、私にとってそんな調味料です。

レンジ調理と発酵調味料。
新しい調理の形の中に、よく知っている味噌や醤油が入っているのが、なんだか面白いですよね。

忙しい日にも、使い続けられるもの

発酵にまつわるものは、特別な日に使うより、普段の食事の中に置けるほうが続きやすいと感じています。
味噌や醤油がそうであるように、使い方をすぐ思い浮かべられることは、思っている以上に大きいのかもしれません。

この食材と合わせよう。忙しい日は、この作り方にしよう。
使う場面が具体的に見えると、買ったまま棚に残ってしまうことも減りそうです。
毎日きちんと作るというより、何も考えたくない日にも手が伸びる。そのほうが、日常の味になっていく気がします。

台所に立つ時間を短くしながら、自分で決めるところは残す。
便利さよりも、使い続けられる形かどうか。忙しい日の食事では、そのほうが気になります。

おわりに

今回の発表を読んで、時短にもいろいろな形があるなと思いました。
何もしなくていい時短もあれば、やることを一つに絞る時短もあります。
忙しい日は、食材を選んで、あとは任せる。私には、それくらいの距離が合っている気がします。

発酵調味料が味を整えてくれるなら、料理への気持ちも少し軽くなるのかもしれません。
忙しい日の食事は、何を作るかより、どこまでなら無理なくできるかを見ていきたいです。
引き続き、気にしていきたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

発酵は知識より、使われ方で続いていく。アワードで見えたこと

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

発酵を暮らしに迎えようとすると、「正しいものを選ばなければ」「使い方を知らなければ」と構えてしまうことがあります。
けれど、知識をそろえてから、と考えると、いつまでも始まりません。
実際に手に取って使い続けられるかどうかのほうが、その文化が残るかを決めているように感じています。

先日、発酵に関わる製品や取り組みを顕彰けんしょうする「第2回 発酵アワードグランプリ」の発表を読みました。
調味料や飲みものだけでなく、発酵テロワールはっこうテロワールや発酵アイデアという部門もありました。
発酵を守るための賞というより、いまどう使われるかを考える場なのだと思いました。

発酵は、知識より使われ方で続いていく。
この賞の顔ぶれを見ながら、そんなことを考えていました。

そのまま残すより、使える形にする

受賞一覧には、1710年創業の酢蔵すぐら米酢こめずづくりから生まれる「酢の粕すのかす」を、日々の調理で使いやすい形に整えた取り組みがありました。
古いものを飾るのではなく、手を伸ばせる場所へ置き直す。
妙に頭に残りました。

私が発酵に惹かれるのは、変わらないものの中にも、時代ごとの工夫があるところです。
作り方に守るものがあっても、渡し方まで同じである必要はない。
受け継ぐとは、同じ形にすることより、次の人が使える形に整えることなのかもしれません。

使い方がわかると、手が伸びる

発酵には、少し難しそうな言葉がつきまといます。
こうじ。菌。熟成。土地の水。
どれも大事な言葉ですが、全部を理解してから食卓に迎える人は多くないと思います。

塗る。和える。ひと皿に少し足す。
使い方が見えると、発酵は急に身近になります。

私自身、買ったはいいものの、使い方がわからないまま棚に置きっぱなしにした発酵調味料があります。
悪いものだったわけではなく、いつ、どの料理に足せばいいのかが思いつかなかっただけです。
もったいなかったな、と今は思います。

台所に立つ数分で手が伸びるかは、使い方が一目でわかるかで決まる気がします。
使ってみたあとで、作り手のことを知りたくなる。その順番でいいと思っています。

発酵は、知識より使われ方で続いていく。
今回のアワードを見ていても、そう感じました。

お店に置きたいのは、説明の少ないもの

いま、お店の準備を進めています。
どんなものを置くかを考えていると、この「使われ方」の話が何度も戻ってきます。
発酵にまつわるものも、並べたいと考えています。

商品を並べるだけで終わらせたくはありません。
かといって、長い説明を前提にするのも違う気がします。

まず、手に取りやすいこと。
使ったあとに、作り手や土地のことをひとつ知りたくなること。
選ぶ理由は、あとから見つけてもらえればいいと思っています。

発酵が長く続いてきたのは、日々の食卓で役に立ってきたからでしょう。
今の暮らしでも、無理なく使える入口を整えたい。
準備をしながら、そんなことを考えています。

おわりに

アワードの記事を読んでいて、発酵を未来へ渡すことは、古さを守ることだけではないと思いました。
使い方を少し変え、距離を縮める。
発酵は、知識より使われ方で続いていく。
今はそう思っています。

背景を語れるものと、毎日に馴染むものを、同じ場所に置けるよう整えていきたいと思います。
発酵を、遠い文化ではなく今日の献立の話として考えられるように。
引き続き、気にしていきたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

蔵の時間を味わう、夏の発酵。半田の運河で思うこと

こんにちは。安川 大仁やすかわ だいじんです。

夏の日差しが濃くなると、冷たいものに手が伸びます。
けれど、暑さが増すほど、時間をかけて作られた食べものや飲みものが気になることがあります。

急いで済ませた食事よりも、時間をかけて味わったもののほうが、あとまで記憶に残る。
最近は、そんなふうに感じています。

愛知県半田市で、7月11日と12日に「國盛 夏のあらごし生にごり酒まつり」が開かれたそうです。

発酵中のもろみを粗く濾し、火入れをせずに瓶詰めしたにごり酒を、蔵のある半田運河の近くで味わう催しです。
お酒の話を読んでいたのに、頭に残ったのは、お酒そのものよりも、蔵や運河のある町の景色でした。

発酵は、完成した瞬間だけではない

発酵食品と出会うのは、たいてい店頭に並んだあとの姿です。
味噌も醤油も日本酒も、できあがった形で目の前に現れます。

だからこそ、そこに至るまでの待つ時間を、普段はあまり意識しないのかもしれません。

今回の催しは、発酵の途中にあるにごり酒を味わえるものです。
完成品だけを見るのではなく、まだ変わり続けているものに会いに行く。

その感覚がいいな、と思いました。
私自身、何かを急いで形にしようとするときほど、途中の過程を見ないまま進めてしまう気がします。

蔵の外にある、土地の時間

半田では、酒の文化館を見学したあと、運河沿いを歩くコースも紹介されていました。

蔵の中では、お酒がゆっくりと発酵を続けています。
外では、運河の水が静かに流れています。
どちらも、急かして早くなるものではありません。

蔵の香り。
運河の水面。
歩く人の足音。
夕方の風。

そういうものが全部あって、この町の雰囲気ができているのだと思います。

発酵そのものは微生物の働きですが、それを長く続けてきた町には、人の暮らしの積み重ねも残っているように思います。

お店に残したい、待てる余白

私自身、9月に出店する予定のお店でも、ひと目で分かって、それで終わりになるものばかりを並べたくないと思っています。

手に取った理由を少し考えたくなるもの。
作り手のかけた時間が伝わってくるもの。
誰かと話したあと、もう一度戻って見たくなるもの。

そんな余白がある場所のほうが、暮らしを整えるきっかけになる気がします。

発酵は待つことを教えてくれる、というより、待つ時間にもちゃんと味があることを思い出させてくれます。
お店も同じように、急がずに育てていきたいです。
今はそう思っています。

おわりに

半田の夏の催しの記事を読んで、発酵の楽しみは、蔵の中だけにあるわけではないのだと思いました。

町の景色を見て、誰かと話し、少し立ち止まる。
その時間まで含めて、おいしさの一部になっている気がします。

待つ時間にもちゃんと味がある。
そのことを、これからのお店づくりでも大切にしていきたいと思います。

引き続き、気にしていきたいと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。